駅前で宗教の勧誘している人たちのモチベーションについて考えてみた。
出勤時、退勤時たまにみるんですよ。駅前で宗教の勧誘をしている方々。
寒い日も暑い日も大変だなーとは思うんですけど、あれのモチベーションがわからないんです。
同じようなことを政治家の人がやっているのを見たときは、次の選挙に向けての活動なんだなー。次は当選して政治家やりたいんだなーと理解できるのですが、宗教の勧誘で仮に駅前でその宗教の存在を知って入会したとしても恐らくその勧誘した方々にキックバックなどは無いですよね。流石に。
ネットワークビジネスだったりも理解できるんです。自分が稼ぐために自分の下の人間を作っておこうってことですし。
宗教の勧誘はもしかしたら本当に困っている人たちにこの考えを広めて幸せになれる人を一人でも増やしたいと思っての善意100%の行動かもしれないですね。
ただ、歪んだ見方をすると日本でその宗教を信仰しているのは少数派だっていう自覚があり、その少数派の立場が居心地悪い。じゃあ、教徒を増やそうぜ。そうして多数派になってやろうぜって気持ちで勧誘しているかもしれないですね。
個人的には宗教を信じられる人は幸せだと思っているんです。だって、何かあった時に絶対的な心のよりどころがあるわけですから。その拠り所が世間からみていい悪いは本人にとってはあまり関係ないわけで、ただ、自分がつらくなった時に他力本願としてある程度無責任に信じて行動していける理念があるってのは楽だと思うんですよ、実際。
毎回自分の行動を考えて、その考えを自分で信じて進んでいくって結構しんどいんですよ。だって自分で決めたことなんだから文句をいえる対象が自分しかいないわけで。
一方、従っているだけであれば、上手くいかなくても自分の心理的責任は軽減されますし、次どうすればいいかを考えるんじゃなくて教えを請えばいいわけですから。
ただ、信じて仰いでいれば幸せになれるわけですから。
さあ、入信して幸せを手に入れませんか。
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